コロコロvs抜け毛

「自分自身との終わりなき闘い」

【お笑いエッセイ】ヒョロガリ格闘家

 

 このブログを読んでくださってる方が恐れ慄いてはいけないと思い、これまで黙ってきたが、実は私は幼少期からかなりの数の格闘技をかじってきた。
 どうか、私のことを恐ろしい男だと敬遠しないでほしいと願う。

 

 遡ること数十年、まずは小学一年生の格闘技デビューから語ろうと思う。
 私は友人の誘いを受け、柔道をはじめることにした。
 同級生である友人の父、その父の友人が柔道の師範をしているとの話を受け、興味を抱いた我々は、電車で二駅の町にあるその道場へと通うこととなった。
 道場には屈強な猛者どもが多数入り混じり、怒号とともに汗を流している。そこはできたばかりの道場で、今にして思えば子供クラスが創設されていなかったのかもしれない。我々の姿を認めた師範は、我々を道場の隅にあるベンチに座って見学するよう命じた。
 一時間半ほど、ずっと男たちの相まみえる姿を見つめ続け、思うところのあった私はついに友人に訴えた。

「おい」
「なんや」
「水曜のこの時間、ドラゴンボールのアニメが始まってんで」
「ほんまか」
「ほんまや」

 かくして我々は、友人の父の顔を立てるように数回見学に通った後、何もせぬまま退会した。

 

 つぎにはじめたのはボクシングである。あれは中学三年のころだったと記憶している。
 この年頃、ヤンキーワールドで幅をきかせるのは、やはりケンカの強さである。
 インターネットもなかったこの時代、誰がどうやって見つけたのだかすっかり忘れてしまったが、電車で二駅の町にボクシングジムがあることを知り、私は友人2人と計3人でそのボクシングジムを訪問した。

「入会希望者か、見学していけよ」

 という会長的な人の指示に従い、我々はジムの隅に固まり、練習生たちのトレーニングの様子を見守った。
 テレビでしか見たことのなかったサンドバッグ。それを叩き続けるボクサーたちはとても恰好よく見えた──のも束の間、我々にいちばん近い位置でサンドバッグを叩いていた若い練習生が、2,3発殴るたびにこちらをチラチラ見てきては、自分に酔いしれた表情を浮かべた。
 格闘技をかじりたての若者が通るのであろうナルシシズム。
 その様を見てなぜか満場一致で気持ちが萎えた我々は、すぐさまそのジムを後にし、二度とその町を訪れることはなかった。

 

 十六歳になった私は、高校の部活で日本拳法部を選んだ。
 初日のトレーニングで印象に残っているのは、数百回にも及ぶスクワットだ。あれはとてもこたえた。
 ひどい筋肉痛に陥った状態で臨んだ二日目のことだった。
 身の丈180センチ以上はある顧問の男が、突然スパーリングをやろうと言い出した。

「一発でも俺の顔に当てられたら、オマエの勝ちだ」

 はじめの合図とともに、私より10センチ以上も背の高い顧問は、私を遠ざけるように両腕を目一杯伸ばしてきた。
 これを掻い潜って懐に入らなければ、顔面ヒットはできない。
 重心を低くし、ステップを踏んで懐に入ろうと狙うも、顧問は両腕を目一杯伸ばしたままの姿勢で、軽やかなバックステップで逃げていく。
 ちなみにこの学校にはリングも道場もなかった。
 我々日本拳法部は、教室ふたつ分くらいの大きさの多目的ホールを部活動の場としていた。

「さあ殴れ! 俺の顔を殴ってみろ!」

 身の丈180センチ以上の顧問は、その長い両腕を突きだしたまま、広い、とても広い多目的ホールを、どこまでも果てしなく逃げて行った。
 私は数日後、退部届も出さぬまま、日本拳法部を退部した。

 

 真の男と言えば、そう、空手である。
 私は町中で偶然見つけた、空手の最高峰とも呼び声の高い極真空手の道場の門を叩いた。
 まだ道着はなく、ジャージに身を包んだ私に初老の茶帯が話しかけてきた。

「自分、歳いくつや?」
「十六っす」
「十六! なんや、昨日産まれたとこか」

 昨日……!
 狼狽する私に畳みかける、初老の茶帯。

「そんだけ若かったら何でもできるわ。総理大臣でもなれるわ。な、わかったか」
「は……はい!」

 その言葉に胸を打たれた私は、何を目的としたのかはわからないが、極真空手の世界から去ることにした。

 

 18歳へと成長した私は、はたと気づいた。
 ボクシングだ、拳法だ、空手だと携わってきたはいいが、いずれも打撃系の格闘技であり、身に付けたそれはひとつ使い方を間違えると、他人を傷つけてしまう凶器になりえてしまう。
 争いからは何も生まれないのではないか。
 避ける、いなす、交わす、制す──。私は、合気道をはじめることにした。
 家から自転車で20分ほどの市民体育館の道場には、老若男女、大勢の者たちが合気道を学びにきていた。
 手首をつかまれた場合、こう返す。胸倉をつかまれた場合、こう返す、こんな返し方もある──
 合気の多彩な技の数々に私は魅入られた。
 やられたらやりかえす方が、男らしく格好いいかもしれない。しかし、争いからは何も生まれない。
 暴漢の攻撃を未然に防ぐ、いなす、避ける、交わす、制す。そうだ、これだ、私が追い求めていたものは──
 師範がみなを周囲に集合させ、次の技の説明に入った。

「ナイフで刺してくる相手の対処法です」

 師範は一人の練習生を手招きすると、模造のナイフを手渡した。

「よし。そしたらキミ、そのナイフで、僕の腹を思い切り突いてこい」

 皆の注目を浴び、緊張してガチガチの練習生はナイフを握り締めて頷いた。

「ハイ、でここで一点、注意点があり──

 まだ何か話の続きがあったらしい師範のどてっ腹に、突進した練習生のナイフが突き刺さった。

「行きますって言え!」

 師範は死の間際、怯えて縮こまる暴漢を叱責した。
 今からオマエのそこを刺すぜ、と宣言する暴漢がどこにいるというのか。
 その後、なぜかこの日の練習中にのぼせて鼻血を噴き出した私は、残念ながら合気道の世界から足を洗うことにした。

 

 あれから数十年。私はすっかり大人になった。
 大人になった今こうして振り返ると、激しい武の道を生きた十代だったと、しみじみ思う。

 

 しかし、読者諸君がいつか私と相対することがあったとしても、どうか心配しないで戴きたい。
 私は、決して暴力は振るわない男である。

 

 


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