コロコロvs抜け毛

「自分自身との終わりなき闘い」

【ホラー小説】袋小路(2)

拙くて恥ずかしい限りですが、むかし初めて書いたホラー小説を公開致します 


 【ホラー小説】袋小路(2)

 

 堤はJR恵比寿駅のホームにいた。スギ花粉の飛散量がいよいよ下降傾向にあるということで、今日は思い切ってマスクを外してきた。マスクによる花粉の遮断効果は確かに大きいのだが、連日着け続けていると口のまわりがかぶれてしまうのだ。アレルギー持ちは、結局何らかのかたちでアレルギーに苦しむのかと思うと、世の中不公平なものだとやるせなくなる。
 高校卒業後、システムラックの販売会社に就職した。大手の下請けで、事業内容は主に自社製品の販売と保守だ。ここまで一筋でやってきて、今年は勤続十九年目にあたる。
 今日は大宮方面の客先へ向かう予定だ。ホームで埼京線の到着を待っていると、不意に声をかけられた。
「おお、堤。お疲れさん」
 振り返ると上司の加藤が立っていた。アレルギー仲間でもある。加藤は、堤が普段愛用しているのと同じ、頬のあたりに隙間ができづらいタイプの、薬局やコンビニで取り扱っているなかで上級ランクのマスクを着けていた。ヒノキの反応が強いという加藤にとって、今はまだマスクを取れる時期ではないらしい。
「お疲れ様です。どちらへ?」
「浦和の事業所。打ち合わせだよ。おまえは?」
「大宮の方です。大宮からバスですよ、遠くてイヤんなりますよ本当。ファンがうるさいんですって」
 堤の会社で扱っているシステムラックには、ラック内の空調を整えるための冷却ファンが搭載されている。冷却ファンは埃がたまったり経年劣化などによって突然やかましくなることがあり、顧客から異音発生の申告を受けると現場へ駆け付けて対応する他ない。普段は若手にまかせていた仕事なのだが、今日は人手が足らず、久しぶりに出かけるはめになった。
「大変だな。交換用の部材は?」
「持ってきてますけど、エアダスターで落ち着くかもしれませんね」
 おしゃべりをしていると、やがて埼京線が到着した。
 途中まで行き先は同じだな、と加藤は一緒に乗り込んだ。日中の下り方面は空いていて、二人はゆったりと並ぶことができた。
 渋谷、新宿、池袋。車両が著しく新陳代謝する区間では、二人は主に仕事の話をした。情報セキュリティの観点からすると人前では仕事の話をしないのがセオリーだが、そうはいかないのがサラリーマンの性だ。ビルとスーツの数が多い内は、スイッチは中々オフには傾けられない。機密事項や特定的な固有名詞は伏せるように配慮しながら、上司と部下はああだ、こうだと意見しあった。
 加藤によると、来年度──まだ新年度が始まったばかりだが──親会社の大口顧客で、大規模なシステム更改が予定されているらしかった。それはソフトウェアのみならずハードウェア、つまりシステム機器自体の更改を意味しているも同然で、延いてはシステム機器を収容するラックの増減や如何にという問題を伴っていることを示唆していた。まだ全容が見えないため何とも言い難いが、はたして鬼が出るか蛇が出るか。
「浦和に行くのはその件なんだよ。とりあえず関東エリアで協議。だけどそうだな、夏前くらいには大阪の方ともやんなきゃいけないだろうな」
 おまえも行くかと誘われ、堤は夏にたこ焼きなんて食べたくないですよと断ったが、話を知ってしまったからにはもう関係者じゃないかと理不尽に押し切られた。
 板橋駅を抜けたあたりで、しばしの沈黙の後、加藤が堤のプライベートに首を突っ込み始めた。
「そういえばどうだ、新居は、新生活の方は」
「おかげさまで、順調ですよ。洋子はパートが見つかったし、陽菜は中学三年になりました」
「陽菜ちゃん、もう三年生か! 早いなあ」
「毎日顔を合わせてる親の僕ですらそう思いますからね。加藤さんからしたら尚更でしょうね」
「本当だよ。窓越しに新生児室を覗いたのがついこないだのように思い出せるよ」
 加藤は笑った。
「ところで洋子ちゃんは、パートって何やってんの」
「レジ打ちです。近所のスーパーの」
「え、レジ打ち!」
 いくつかの乗客の視線が二人に向けられた。向かいでスポーツ紙を広げて座っている男も紙面を翻しながら二人を見る。堤は声が大きいですよと上司をたしなめた。
「だってお前、東京営業所のアイドルだった洋子ちゃんがレジ打ちって、何が悲しくてレジ打ちなんぞ」
「そんな落ちぶれたような言い方やめてくださいよ。それにレジ打ちだって立派な仕事ですよ」
 堤の心からの本音だった。職業に貴賎なし。高卒で、苦労しながら一生懸命働いてきた身にとっては、職種や雇用形態などに関する偏見の目は一切ない。
「だってよお」
 加藤は窓の向こうに目をやった。
 洋子はかつて、堤と同じ会社に派遣社員として在籍していた。洋子が配属された時、グレーの濃淡だけで表現できそうな男だらけの職場に小さくも華やかな色が差したことで、加藤をはじめ多くの未婚の──中には既婚もいたが──男たちが浮き足立った。彼氏はいるのか、いないのか。いないのなら、この中の誰が洋子ちゃんを落とすのか。いや待て、洋子ちゃんは誰のものでもない観賞用とすべきだろう。日々、男たちが各々好き勝手な見解を寄せる中、堤だけが誰に遠慮するでもなく一歩ずつ着実に、洋子との距離を縮めていったのだった。
「ま、あれだ。俺たちのアイドルを短命に終わらせた責任はでかいんだからな。ちゃんと幸せにしろよってことだ」
「それ、スピーチのときに涙ながらに言ってくれましたよね」
 堤はクックッと笑った。
「追伸だよ、今日のは。レジ打ちも悪いことじゃないけど、レジ打ちで終わらせんなよってことだ」
 堤は目をそらした。「わかってますよ」
 仕事のことならともかく、夫婦のことや家庭のこと、人生のことなどに関する説教はまっぴらだった。
 話が途切れ、時間を持て余していたところ、堤は向かいのスポーツ紙に目を留めた。
(アイスピック/隣家に侵入)
 折り畳まれている箇所が見えなかったが、内容は今朝のニュースで知っていた。アイスピックを持った男に、四十代の夫婦が刺された事件だ。犯人は隣人だった。幸い夫婦とも死には至らなかった模様だが、馴染みの薄い隣人がある日突然キレたというその出来事を、ここ最近目立った話題の無かった各局報道はセンセーショナルに取り扱った。
「おっそろしいよなあ」
 加藤も同じものを見ていたらしかった。加藤は紙面に目を向けたまま、話が通じている前提で続けた。
「ゴミ出しの問題で何年か前に一度モメたんだってな。そん時は話し合いで片が付いたはずだったんだけど、今回キレた方のオッサンは、実は何年も何年もイライラを溜め続けてた」
 加藤は、ゆっくりとまばたきして堤を見やった。
「大丈夫か? おまえんとこは」
 嫌な話題だったが、今度は目をそらせなかった。牧野の話が頭をよぎる。
「いや、実は、ですね」
 言いかけたところで、何人かの乗客が立ち上がり始めた。加藤も続くように立ち上がった。話に気を取られていた堤は一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐに状況を飲み込んだ。
──赤羽。赤羽、です』
「さあて、俺は乗換えだ」
 加藤はトレンチを小脇に抱え、堤を見下ろして訊ねた。
「おまえ今日はどうするんだ。直帰か?」
「いえ、会社戻ります」
「そうか。オレも今日は戻る。じゃあ、ちょっと付き合えよ」
 加藤に誘われるのは久々だ。堤は了解した。洋子には事後になってしまうが、まあ大丈夫だろう。
 じゃあ後でな。片手を挙げて加藤は降りた。ドアの向こうで振り返り、親指と小指を立てた拳を耳元にあてる仕草が、連絡すると言っていた。
 小脇に抱えていたナイロンのトレンチコート。花粉を払いやすいということで、加藤の春物アウターは休日もそれ一辺倒らしい。堤は、自分もああいうのを着たらもう少し楽になるのかなと思ったが、加藤よりも先にマスクが取れているだけでよしとした。
 近所の変わり者については話しそびれてしまったが、今晩飲みの席で改めればいいか。堤はもう一度スポーツ紙の見出しに関心をもったが、座席には別人が座っていた。
 列車が発車する。大宮はまだまだ先だな、と思うが早いか堤はあっと声を漏らした。思わず独り言が続く。
「何やってんだよ俺。今日マスク必要じゃん」
 冷却ファンに積もる埃は、一年ぶりに押入れから引っ張り出す扇風機などの比ではない。堤はヒノキには耐性があるが、ハウスダストやダニ、カビには滅法弱かった。
「売店かコンビニ、寄らなきゃな」
 ──今日は何かと判断を誤る日! 失敗が尾を引かないように慎重に行動しましょう。
 頭の中で、星座占いのコーナーの、女性アナウンサーの声が響いていた。

 

 

 

「ただいまあ」
 玄関で、学生かばんとローファーが同時に飛んだ。
「おかえり」
 洋子が台所から笑顔を送ると、陽菜はその何倍もの笑顔を浮かべ、母親へ迫った。
「ねえねえねえ、超スゴイことがあったんだけど。二つも!」
「どうしたの」
「あのね、聞いて、今日ね、カレーが食べたいなって思ったの。ふと思ったの。でね、今日の晩ごはんは絶対カレーだって思ったの。お母さん、絶対カレーを作ってるって」
 一句ごとに、鳥が羽ばたくような手振りでまくしたてる。
「でね、そしたらね」
 鍋を見て興奮する。
「ふふ、そうね」
 洋子は最後まで話を聞かぬうちに娘に合格を与えた。
「でしょう! 実際カレーじゃーん。もう家の前でカレーのにおいがした時、思わず泣きそうになっちゃったもん。ねえスゴクない?」
 些細なことで感動している十四歳を見て、洋子は笑った。
「すごいすごい。でもそれはね、大人になる前にみーんな、通る道なんだよ」
「え、何それ」
 陽菜はダイニングテーブルのイスを引いた。
「若いころにね、不思議とみんな経験すんのよ。本当よ。お母さんもあるもん」
「ウソだ」
 陽菜は不満げにしてみせたが、本当のところはこんなくだらない会話を楽しんでいた。
 二十二の時の子供。母と娘は、姉妹のような感覚でいつもいられた。そのおかげか今のところ、陽菜は母親への反抗というものを示したことはない。
 座ってないで着替えてくるよう促すと、洋子は食事の支度の続きに取り掛かった。超スゴイことのあともう一つが少し気になったが、食事の際に説明すると陽菜は言い、挑戦的な笑みを浮かべて二階へと駆け上がっていった。
 六時過ぎ。残業の多い男を待たずして、堤家の母娘は今日も二人きりで夕食をとっていた。ダイニングテーブルを挟み、談笑しながらゆっくりと食事を楽しんだ。ここで陽菜の放った一言に、洋子は思わず声をあげた。
「えっ、彼氏?」
 口へ運びかけていたスプーンが傾き、買ったばかりの真っ白なランチョンマットに茶色がこぼれ落ちた。
「んふふ。ウソ。彼氏ってのは、ウソ」
 カレー予知の件で母を驚かせることができなかったため、勝ちにこだわった上での嘘だった。なんだ、と洋子は眉根を寄せた。
 嘘でも相手を驚かせることに成功して、陽菜は満足げにティッシュを二枚渡しながら言った。
「仲の良い男の子ができたってだけ。ほら、あたし転校生じゃん? だから何か、いろいろ気にかけてくれるっていうか。優しくしてくれて」
「ふーん」
 洋子はティッシュを受け取ると、二つの関心を以って聞いた。
「ねえ、その子が特別、陽菜に優しいわけ?」
 彼氏という表現が嘘だったとはいえ、特定の男の子と仲良くなったという事実に変わりはない。年ごろの娘だ。親として同姓として興味を抱いた。だがその一方で、女の子たちは陽菜に優しくしてくれないのだろうか、女の子の友達はできていないのだろうかという心配が生じた。
 陽菜は目を泳がせ、はにかんだ。
「んー、特別、か。男子の中では、そうかもなあ」
 男子の中では。洋子の心配は杞憂に終わった。様子から察するに、学校での人間関係に特に問題はなさそうだ。
「よかったね。仲の良い子ができて」
 洋子はティッシュでじゃがいもの欠片だけ拾い上げると、ランチョンマットをキッチンへ運んだ。家族三人のカレーの好みがトロトロ系で一致していてよかった。これよりスープっぽさを増すと、染みはもっと広がったに違いない。
「ねえ。その男の子さ、かっこいい?」洋子は漂白ジェルを垂らしながら訊ねた。「誰に似てる? 芸能人」
 陽菜はすかさずカレーをほおばった。「んー、山口リョウヘイくん」
 人気アイドルグループのセンターの子だ。
「本当に? すごい可愛いじゃない」
 恥ずかしさを誤魔化すためだろう、あえてもごもごと話すためにカレーで口をぱんぱんにして、精いっぱい素っ気無い表情をつくっている娘を見て、洋子は可笑しくなった。
「一度さ、家に連れておいでよ」
 思いもよらない母親の提案に、陽菜は口いっぱいのカレーをごくんと飲みこむと、お小遣いの値上げを告げられた時のような顔で驚いた。「え、いいの」
「もちろん。陽菜の友達第一号としてお礼したいし。お母さんもリョウヘイくん好きだし。見てみたいな」
 意地悪く言ったつもりはなかったが、リョウヘイくんと言われ、陽菜は少し縮こまった。
「そんなに似てないかもしれないよ」
「それはそれで。とにかく一度連れておいでよ。お母さんだってさ、新しい町に引っ越してきてまだ友達もいなくて、寂しいんだから。少しでも賑やかな方が良いじゃない」
「ホント? 実はね、スゴイの、ちょうどそこの塾に通ってるんだって! だからね、ウチ近いよって話してて」
 陽菜は興奮した。何時に連れてきて、何時まで居てもらうつもりなのか、具体像があるわけではなかったが、何となく晩ごはん時を一緒に過ごす絵面が頭をよぎった。
「ねえ、お父さんに言っといてくんない? いきなり連れてくると何だし。でもどうだろう、怒るかな」
「さあ、どうかしらね」
 洋子が笑いながら洗濯機へ向かおうとした時だった。
 外で乾いた破裂音がした。
 二人は一瞬、目を合わせた。お互いに、会話の流れに似つかわしくない表情を浮かべている。気のせいじゃない。
 二人は耳を澄まし、とりあえずの目のやり場を探した。
 また聞こえた。
 二回目で、二人にはそれが破裂音ではなく、人の怒号だということがわかった。オイッ、という男の怒鳴り声。
 二人は見つめ合った。声は、だんだんと輪郭を現した。
 オイッ、オイッ、オイッ。
 デーケッ、デーケッ。
「なに?」
 陽菜はスプーンを置いて立ち上がった。洋子が歩み寄る。
「ケンカ、かな」
 ダイニングは駐車スペースの分だけ表から奥まっているため、ここからでは表の様子が窺えない。洋子はリビングの方へと移り、陽菜もそれに続いた。
 カーテンの隙間から表の様子をそっと窺うと、斜向かい、大江家の玄関先に男が立っているのが見えた。
 洋子は夫の話を思い出した。
 二人で引越しの挨拶回りをした時のこと。牧野の長話に付き合い、陽菜に呼ばれるかたちで自分だけ引き返した後、一人になった夫に、牧野から忠告があったらしい。
 ──何かさ、すげえ変な人が住んでるらしいんだよ。癇癪持ちの。だから何か気味悪くてさ、挨拶行かなかった。君子危うきに近寄らず、だよな。
 引っ越してきて一ヶ月ほどになるが、一度も見かけたことがなかったため、そんな話があったことをすっかり忘れてしまっていた。夫の、牧野の言っていたことは、このことか。
 男は玄関から外へ出てきてはいるが、門扉を開けることはなく、玄関先で右往左往しながら喚きたてていた。ストレスを溜めて苛立っている、檻の中の動物を彷彿とさせる。
 デーケッオラッ、デーケッオラッ。
「お母さん、何あれ」
 陽菜は洋子より低い位置で、隙間から覗き見ている。
「ねえ、出てけって言ってんじゃないの? そう聞こえない?」
 言われるとそんな気がしてきたが、洋子は陽菜と自分を落ち着かせるよう、努めて冷静に言った。
「そういえばお父さんから聞いてた。大江さんっていって、何か癇癪持ちなんだって。たまにああやって騒いでるらしいよ」
 何てことないよ、のニュアンスを込めたつもりだったが、その程度の説明では陽菜は落ち着かない。
「えー、何か怖いんだけど」
 洋子は、こちらの声が聞こえるわけもないのだが、陽菜にシッと小声で話すように促した。
 それが間に合わなかったとでも言わんばかりに、男は喚めきたてるのをやめた。
 男は、一点を見つめた。
 斜向かいの位置関係は、遠くはないが近くもない。にもかかわらず、男の視線は堤家のリビングを刺した。灯りがついているとはいえ、カーテンの隙間の二人に気づいているかのような、鋭い視線。
「え、やだ」
 陽菜が言うが早いか、また男が怒鳴りだした。
 オラッ。
「え、なに、こっち見てない?」
「まさか」
 娘の、悪い方へ悪い方へと向かうコメントに対し、洋子はさっきから弱々しく否定する他なかった。
 デーケッオラッ、デーケッオラッ。
「ねえ、お父さんは」
 早く帰ってきてほしい。
「今日、遅くなるって」
 無常な響き。
 男の怒号が一段と凄みを増す。
 ラッ、アラッダッキャーダー、ダッキャーダーッ。
「お母さん、ねえ、こっち見てるよ」
「そんな」
 男の声がまた、止んだ。そして、堤家を凝視する。
「ねえ、お母さん、お母さん」
「……」
 洋子は言葉が出ない。口を開けばきっと、声が震えるのがわかった。
「ねえ、お母さん!」
 男は、リビングのあたりを凝視する。
「こっち見てるよ」
「……」
 男は間違いなく、堤家のリビングを見ていた。
「こっち見てるってば!」

 

(つづく) 

 

 

<次回>

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  • 作者: 花城 冬
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 <あらすじ>

 些細な問題から合コンの予定をパアにしてしまった飯野淳司は、仲間から罰ゲームをさせられることになる。

「いまから俺らの前を通る五人目を、ラブホテルに誘うこと」

 渋々応じる淳司の前に現れた五人目は、偶然にも以前電車で席をゆずったことのある不気味な女だった。酒に酔ってそれと気づかぬまま声をかける淳司。肯定する女。ふたりは、流れで関係をもってしまう。
 後日、淳司は自宅のベランダから思いもよらぬものを見た。アパートの表の電話ボックス。淳司の部屋をじっと見上げていたのは、例の女だった。
 女のストーカー化を懸念した淳司は、ふとした思いつきで難を逃れようと企てた。しかし後先を考えないその行為がさらなるトラブルを引き起こし、女を思いもよらぬ狂気へと駆り立てる。

 この女からは、逃れることはできない──絶対に。