コロコロvs抜け毛

「自分自身との終わりなき闘い」

【お笑いエッセイ】プレイボーイ

 

 人間には誰しもモテ期というものが一度はやってくると言う。
 モテたい。自分にはまだモテ期は来ていない。これからモテ期が来るはずだ。そう信じたいがために、自分の中でノーカウントとしていた「とある時期」があるのだが、もうここらで、あれが私のモテ期だったのだ、と腹を括って受け入れようと思う。
 人生を遡り、遡る。あれは中学生の時分だった。私は近所の公立の中学へと進学した。どこもそうなのかもしれないが、私の出身小学校以外の、他の複数の小学校からも集う格好の中学校だ。
 私がある日、廊下を歩いていると、見たことのない女子が近づいてきた。
「あんたメッチャかっこええな。ファンクラブつくっていい?」
 ──ファンクラブ。なんてことのない田舎の子供だった私にとって、ファンクラブという言葉には、うまく言えないが「大人の世界」や「東京」というキーワードが紐づいて連想され、これが中学校という世界なのかと驚いたと同時、そんな世界で何もせずいきなり通用し、名を馳せようとしている自分自身の男前ぶりが末恐ろしくなった。
「ファンクラブて。……でもまあ、ええよ。好きにせえや」
 我ながら、12歳のこの自分のセリフに感服する。このみなぎる自信、そして余裕。これは「大人の世界」や「東京」で通用するハンサムガイのセリフに他ならない。
 女、いやさ、会長は、私のこの回答をとても喜んで受け取り、そして去って行った。
 その日以来かれこれ30年近く経つが、その後ファンが増えたという報せやファンクラブの活動報告が耳に入ってこないことはおろか、会長の姿自体を見かけていない。不思議なこともあるものだ。
 私の躍進は続いた。中学一年の終わり、バレンタインデーのことだ。
「ちょっと来て。あんたに話がある子がおんねん」
 よりによって意中の子にこうやって呼び出しを受けるという、あるあるなフラれ方ではあるが、まあまったくモテないよりは良い。私は渋々教室を後にし、指示どおりの場所へ向かった。
 階段を下りたところにいる、という説明を受け、廊下の角を折れて階下を望むと、三階と二階の間の踊り場に、見たことのない女が立ち、こちらを見上げていた。魚のような立派な顎を完備している女は、開口一番こう言った。
「私の名前ヒロミって言うんですけどよかったら今日からヒロチンて呼んでもらえませんか」
 私は無言のまま、人生で初めて首を縦でも横でもなく斜めに振った。
 持ち帰ったチョコレートケーキは食べる気にならず、捨てることも適わず、数ヶ月間冷蔵庫の中に閉まったままだった。
 バレンタインデーといえば、その翌年も私の快進撃は止まらなかった。成果ゼロのまま帰宅した私だったが、タイミングを逃した女子が、放課後の校内で私を探しているかもしれないと考え、改めて学校へ戻ろうかと悩んでいた。その刹那、突如インターホンが鳴った。
 玄関の覗き穴から見てみると、同じクラスの大女が西日を背に、威風堂々と立っていた。デッサン的にはまぎれもない猪八戒で、いま思えば一年のときの例の女は沙悟浄だ。私はどちらかというと三蔵法師、夏目雅子のような女性が好みなのだが、三蔵法師は私の元に沙悟浄と猪八戒を残し、一人ガンダーラへと行ってしまったのだろうか。
 ドアを少しだけ開けると、八戒はその隙間から、NHKの取り立て屋のように早口にまくしたてた。
「私はあんたの好きな子のこと知ってるしあの子みたいに可愛くないけどあんたのこと好きやねん」
 ……。正直このエッセイは、ちょっと小馬鹿にした笑い話としてこうして綴っているわけだが、こうして思い出しながら改めて書いてみると、八戒のこのセリフはとても切ない。八戒なりに一生懸命で、自らを奮い立たせ、勇気を振り絞ってやってきたことを窺わせる。
 本当に申し訳ないと思う。すまなかった八戒。そのときの私の断り文句をいまここで詫びようと思う。
「ごめんいま甥っ子の面倒見てて、泣いてるから」
 咄嗟に浮かんだ架空の人物に責任をなすり付け、私は隙間だけ開けていたドアをそのままそっと閉じた。
 その後、何度か鳴り響いたインターホンの音を私は忘れない。そして八戒とは別の怒号も。
「オイ開けろやっ」
 八戒は仲間を連れてきていたのだ。恐ろしい。あのまま気を許してドアを開けていたら、私は八戒とその仲間たちにやられてしまっていたことだろう。
 八戒はあの後どうしたのだろうか。普通に考えると、きっと落ち込んだことだろう。もしかしたら泣いていたかもしれない。
 が、許せ猪八戒。貴様が愛した男は、稀代のプレイボーイ、そう、ドンファンだったのだ。
 あれ以来、私は大した浮名を流していない。
 女子に人気あるよ。モテてるよ。こういう噂話をたまに耳にするものの、そのエピソードを持ってくるA子ちゃん自身はと言うと、私はあんた好みじゃないという。次にB子ちゃんを訊ねると、同様に私の好評を口にするが、あたしはあんたタイプじゃないという。更にC子ちゃんを訊ねると、同様に私の好評を口にするが、あたしはあんたみたいな男の何がいいのかわからないという。
 この調子でZ子ちゃんまで行きつき、結局何もしてないのに女子全員にフラれたという事実だけが残り、女子連中に好評だという噂は一体なんだったのか、その真実に迫ることのないまま私はここまで生きてきている。
 女子諸君に告ぐ。私はもう老いはじめている。髪には白いものが見え始め、枕やバスタオルや、スーツの上着を脱いだ瞬間に漂う臭気に挫けそうになっている。
 私に好意を抱いている女子諸君には、今からでも遅くはない、すみやかに名乗り出てきてほしいと切に願う。

 

 


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