世の中には咄嗟に吐くウソが上手な人間と、そうではない人間がいる。
中学時代の私の友人、マルは、残念ながら後者の人間であった。彼が大の大人を欺こうとして一撃で返り討ちに遭ったエピソードを思い出したので、ちょっと綴ってみようと思う。
私は馬鹿であり、マルも馬鹿である。そんな馬鹿な二人は中学三年の終わり──二月のとある日、夜中に突然外へと繰り出した。
マルは年がら年中、鼻がつまっている男であり、コタツを愛する男だった。にもかかわらず真冬の真夜中に外へ繰り出したのだから、若者の謎のバイタリティたるや恐るべしといったところだ。
さて、中学三年生男子ふたりの真夜中の外出。
いかにも「ワル」なニオイが漂うワードではあると思うが、我々が向かった先というのは何と微笑ましいことか、奈良公園であった。
何か具体的な目的があるわけでも何でもなかったが、我々は深夜の奈良公園へと向かったのだ。
マルの家から出発し、延々三十分以上ほど歩いて興福寺へ。そして五重塔を横切って、東大寺方面へと向かう。
ビーバップハイスクールとコラボしたのか(恐らくしていまい)、謎のメーカーから出ていたボンタン風シルエットのジーパンをドヤ顔で履いていた当時の我々。私が「ヒロシ」を履いてマルが「トオル」を履いており、時折互いを褒めては、肩で風を切って歩いていた。
そんなナリをしている我々の当時の話題といえば、ドラクエとシルベスター・スタローンと互いが借りたアダルトビデオの内容報告だ。思春期の若者というのは本当にカオスであると改めて思う。
そんなこんなの我々が東大寺にたどり着いた後、事件は起こった。
マルが焚火をしようと言い出したのだ。
我々はいわゆる昔の田舎の子供なわけなので、焚火をして遊ぶという一芸を会得していた。火種──ライターさえあれば、着火剤も何もいらない。その辺の枯葉や枯れ枝をかきあつめては見事な焚火をつくりあげることができるのだ。
歩き疲れ、元来寒がりであることも手伝って、いつものお得意の遊びで暖をとろうということで、我々は東大寺大仏殿の外周近くの木陰で、いつものように焚火を始めた。
時刻は深夜一時をまわっていた。あたりは真っ暗だ。
暗闇に目が慣れていた我々はその辺から枯葉や枯れ枝をかきあつめ、何とかかんとか火を起こすことに成功した。
そのときだった。暗闇の中に一筋の強烈な光がひゅんと横切った。
光はもの凄いスピードで右へ左へと忙しなく動いたかと思うと、我々の方へと照準を定めて止まった。
懐中電灯の光──誰かがきた。
驚きと、ヘタに騒いではマズイという思いから口を閉ざす私とマル。
すると光はザッザッという足音とともにこちらへ近づいてきた。
「誰かいてるんですか」大人の男の声。「──何してるんですか」
マズイ──警察だ。
私は暗闇奥深くに身をひそめるように、こっそりと、しかし急いでその場を離れ、少し距離を置いた木陰へと逃げた。
マルは……マルはどうしただろうか。
私が木陰から固唾をのんで焚火のあたりを凝視していると、警察がその場にたどり着いたのが見て取れた。
そしてほんの目と鼻の先にある木陰に身を潜めているマルの姿も目に映った。何をしてるんだマル、その程度の距離じゃすぐに見つかってしまうじゃないか──。
そう思うが早いか、警察はあっという間にマルを見つけた。
「──キミ、何してんの」
ああ、見つかってしまった。もうダメだ。
私は腹をくくった。中学生がこんな夜分に何をしてるんだとか、焚火なんて危ないぞとか、その程度のお説教は免れられまい。
だが一方、なにか人に迷惑をかけたり悪事を働いているわけではないのだから、警察に見つかったこと自体にさほどマズイという思いは私の中にはなかった。だからお説教が面倒なのでどうせなら逃げおおせたかったが、見つかってしまったのなら仕方がない。
マルを一人にするわけにはいかない。そう思って私が木陰から姿を現そうとしたそのとき、パニックに陥っていたマルは警察に相対して訳の分からないことを口走った。
「──キミ学生か? 学生やな。何してんの」
と警察。
するとマル、返す刀で、
「寝てたんです」
「ウソつけ」
──瞬殺である。私はその場に踏みとどまり、成り行きを見守ることにした。
「キミ、ヒザに手えついて、中腰の姿勢で眠るんか。木陰で」
絶対に笑ってはいけない。私の閉じた唇は限界で、頬骨はゴルフボールくらいにまで膨れ上がった。
まったくもって警察の言うとおりだ。二月の、深夜一時。東大寺の木陰で、クラスの整列写真の中段の子よろしく、ヒザに手をついた中腰の姿勢で眠る少年なぞこの世にいるわけがない。
マルはなぜか警察の指摘に納得がいってないような顔をしていたが、もう色んな意味でここらが限界だ。
私はマルと警察の前に姿を現し、一切合切の白状と詫びの言葉を繰り返した。
警察の前で気を付けの姿勢でたたずむ二人。警察は無線機を使って何やら報告していた。
「焚火少年が二人──」
焚火少年。なんとも言えない響きだ。同じカテゴリの最上級に放火魔がいるような気がして、あまりいいものではないと今にして思う。
けっきょく我々はどんなお咎めを食うでもなく、火を即座に消すようにだけ促され、警察は火が消えたことを確認すると、最後にもう一度軽い注意だけを寄越して去っていった。
真夜中。東大寺。火。
何とも物騒なようにも思えるが、軽い注意だけを受けて解放された我々は、そんなに幼く純朴に見えたのだろうか。
「──やってもうたな」
マルが鼻をすする。
トオルとヒロシ。極悪そうなボンタン風シルエットのジーパンを履いた少年たちは、警察の背中をただ黙って見送った。
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