コロコロvs抜け毛

「自分自身との終わりなき闘い」

名もなきファンタジー小説(6)

★アマチュアファンタジー小説家応援企画★
 むかし人生で初めて書いたファンタジー小説を公開します! プロットって何?って知識レベルで思いつくまま書きなぐった黒歴史。恥さらし上等、アップするにあたり修正なし。


 名もなきファンタジー小説(6)

 

  ユカの町を出てからタダンダに向かう間、ずっと目印にしていた大きな岩山が近くに見える。迷うことなくそちらの方へぐんぐん歩いて行くと、ゼフに大きな声で呼び止められた。
「ナギ」
 なんだよ、しつこいな。父さんのことは放っといてくれ。
 舌打ちして振り返ると、一行は足を止めてこちらを見ていた。
「そっちじゃない、あっち」
 ベロンが両腕で×印を作り、ジャモが大きな腕を伸ばして明後日の方角を指差した。
 ナギが気づいたであろうことを確認すると、ゼフとサキは然るべき道へと進んで行った。
 リッティもそれに続くのを見た。その際、リッティが小ばかにするような笑みを浮かべているのが遠巻きにも見て取れた。
「やっぱりあいつは嫌な奴だ」
 ナギはもう一度舌打ちすると、五人の後に続いた。

 

 その後、一体どれくらい歩いただろうか。ゼフは迷うことなく一心不乱に歩き続けた。走ることはなかったが休むことも少なかったので、ユカの町を飛び出した際の一人の道程と比べ、どちらがより進んでいるのか皆目見当も付かなかったが、少なくとも同じ程度の時間は費やしたように思われた。
 歩む大地には少しずつ変化が見て取れ、段々と草木の量が増してきた。
 ベロンがとある木の前で立ち止まったかと思うと、その太った体躯に似合わぬ俊敏な動作で木に止まっていた生き物を捕まえた。
「トカゲだよ。キエーボの木に巣くう虫を食べる、キエーボトカゲ。珍味なんだよ」
 そう言いながら、肘から手首くらいまでの長さの茶色いトカゲをナギに見せた。
 そして辺りをキョロキョロと見回す。
「キエーボの木がまだまだありそうだから、こいつもまだまだ捕まえられるかもね。もし捕まえられなかったとしても、ひと齧りさせてあげるよ」
 ベロンは目を爛々とさせながら言ったが、ナギはその茶色と白のまだら模様のトカゲの腹を見てどうにも食欲がかき立てられることはなかった。
「あ、だけど」
 ベロンは言う。
「いちばん美味しい、舌はあげないからね」
 そう言うと、トカゲの口を開いて見せた。
「いや、いい。気持ち悪い」
 ナギがはっきりと言うと、ベロンは少し落ち込んだ素振りを見せた。
「こら、ナギ。良い言葉ははっきりと、悪い言葉は遠回しに、だ」
 ベロンとナギが木の前で何やらやっているのを見かね、ゼフが戻ってくるなり言った。
 ゼフは無駄話に率先して入ってくるようなことはなかったが、ナギの言葉遣いに少しでも思うところがあれば、すかさず教育指導した。よくもまあこの会話が聞き取れたものだと感心させられるくらい、ある程度距離が離れていても敏感に聞き取っては即座に振り返り、こら、ナギと叱った。
 閉ざされた町で、大半の時間を友人のパウムと二人で過ごすことで築き上げられた、ものの考え方や価値観、言葉遣いなどの一切を、今この旅でゼフに再構築させられているような感覚があった。
 しかし悪い気はしなかった。
 掟を破り、二度と生まれ育った町へは戻れないというリスクを冒してまで旅に出た。
 そんな息子と偶然に出会っても、狼狽するばかりで何も言えなかった情けない父。権力や暴力の前に成す術なく屈してしまう情けない父。
 そんな父の姿に、怒りと失望、そして悲しみとがない交ぜになった大きな負の感情を抱いてしまい、押し潰されそうになっていたが、この広大な景観を前に、時間が経つにつれ、そして新たな仲間たちとの触れ合いを通じるにつれ、ナギのささくれ立った荒んだ心は元通りの丸みを取り戻し始めていた。
 ナギの損ねていた機嫌は、すっかり直っていた。
「ナギ、面白いものを見せてやろうか」
 ゼフが突然振り返った。
「おっ、また出るか? あれが」
 何のことかすぐに察したらしく、ジャモが楽しそうにベロンの背中を叩く。
「また? 何なんだあの人は」
 リッティは少し呆れたようだった。
「しっ、ナギは、ほら」
 ベロンは途中で言葉を区切ると、リッティに目で何やら訴えた。
 ナギはゼフに問う。
「面白いものって?」
 ゼフは人差し指を立てると、静かな仕草でこめかみの辺りに当てた。
「黙っていたが、実は俺にはな、超能力があるんだ」
「ちょうのうりょく?」
 ゼフはにやりと笑うと、ジャモが盛り上げるように口笛を吹いた。
 サキは例によって、つまらなそうな無表情を崩さなかったが、ゼフはお構いなしだった。
「ナギ、あそこに木があるだろう?」
 ゼフは半身になり後ろを指差した。
 ひときわ大きなキエーボの木がある。キエーボトカゲは遠慮したいのだが。ナギは思ったが、話は違った。
「あそこの木の根元を掘り起こしてみると良い。そこに」
 ゼフは目を閉じ、苦しそうな表情で言う。
「そこに、宝が見える。そうだな、ペンダントのようだ」
「ペンダント」
 一体何のことだ? ナギがきょとんとしていると、ジャモが促した。
「ほれ、滅多にねえゼフ団長殿の超能力だ。言うとおりにしてみろよ」
 突然、超能力だのペンダントだのと言われてもピンとこなかったが、とりあえずナギは従うことにした。
「これ、使って掘ってみたら?」
 ベロンが小さなナイフを渡してくれた。
 大きなキエーボの木に歩み寄る。
 言われるがまま木の根元を掘り起こしてみようと屈んだその時、ナギはそこに、ひときわ大きなキエーボトカゲが木の色と同化して張り付いていることに気づいた。
「わっ」
 思わず驚きの声を上げる。
「わっ」
 後ろで見ていたベロンも、大きな獲物を見つけて喜びの声を上げた。
 トカゲのことは、狂喜乱舞するベロンに任せておいて、ナギは気を取り直してナイフの柄を握り締めた。
 この辺りで良いのかと確認の為に振り返ると、ゼフが大きく頷いたので、ゆっくりと、土を掘り起こし始めた。
 土は思ったよりも柔らかく、ナイフを突き立て、てこの要領で柄を押すとボロボロと面白いくらいにほぐれてくれる。
 その感触が小気味よく、ナギは夢中になって掘り進めた。
 そのナギの作業を、五人は後ろで取り囲み、固唾を呑んで見守っていた。
 カンッ。やがて、くぐもった金属音と共に、ナギの手にこれまでと違う感触が走った。
「見える」
 すかさずゼフが言う。
「その中だ、ペンダントが、見えるぞ」
 ナギは煽られるがままに行動した。ナイフを傍らに置くと、土を手で掃い始めた。
 すると、金属製の小さい箱が顔を出した。後ろから男三人の、おおっという感嘆の声があがる。
 恐る恐る蓋を開けてみる。
「それだ」
 中から出てきたものは、丸いトップの付いた、銀の武骨なペンダントだった。
 信じられない。
 ゼフがどうだと両腕を広げると、男三人のざわめきは歓声へと変わった。
 ナギは手にしたペンダントをまじまじと見つめた。
 先ほどからゼフの振る舞いが少し白々しい気がしていたが、からくりがあるようには思えなかった。六人一緒に歩いてきた、初めて立ち寄る木の袂だ。細工なんかできるわけがない。
 ゼフは顎を擦った。
「お前に似合いそうだな、ナギ」
「えっ」
 僕がこれを付けるというのか? ナギは三人を順々に見た。
 リッティは好みじゃないと首を振り、ベロンは首に回りそうにないと顎を上げて見せ、ジャモはアクセサリーに興味はないと大きな手の平を突き出して否定した。
 サキはもう無関心に、地平の彼方を見ている。尋ねる必要はなさそうだ。
「じゃあ、着けてみようかな」
 初めてのペンダント。止め具を外し、覚束ない手つきで首の後ろでガチャガチャやっていると、何とか輪がハマってくれた。
 ひんやりとした冷たさと、ズシリとした重みが首にのしかかる。ペンダントトップが、胸骨の真ん中あたりにペタリと寄り添った。
「良いんじゃないか? 男らしさが増して、なかなか強そうだ」
 ゼフはニヤッと笑うと、さあ行こうかと、旅の再開を告げた。皆がナギの胸元を一瞥して歩き行く。
 ヴィンテージ・セロに続いて、武骨な銀のペンダントを身に着けたことで、また一つ、強く、逞しくなった気がした。ナギはペンダントトップをギュッと握ると、自信に満ちた表情で、五人の後を追った。

 

 


 

 その日は、六人で行う初めての野営だった。ジャモが、背負った折りたたみ式のテントを乱暴に地面に投げ下ろすと、ベロンとリッティが各部品を手際よく組み立て始めた。
「見て覚えてくれよ。その内、お前にもやってもらうから」
 ジャモに言われるがまま、じっと佇んで組み上がりを見守っていると、焚き火の準備を進めていたゼフが額の汗を拭いながら、こっちの方もなと言って笑った。
 陽が完全に暮れたところで、食事をとった。
 今日のメインはベロンが楽しみにしていた、キエーボトカゲの丸焼きだ。
 結果的に三匹捕まえたようで、胴の辺りで半分に引きちぎることで、ちょうど六人で分けられるということになった。ペンダントが隠されていた木で見つけた特大のトカゲは、ベロンとジャモの大食いの二人が担当することにした。
「これをかけるよ? ウチに代々伝わっている秘伝のスパイスなんだ」
 ベロンは鞄から、先端に無数の小さな穴の空いた棒を取り出すと、こんがりと焼け上がったトカゲに繊細な手つきで振り掛けた。
「食べてみて」
 まだら模様で気持ち悪く見えていたトカゲの腹は、焼け焦げてすっかり黒くなっている。
 見た目の気持ち悪さが解消されていることもあり、ナギは躊躇うことなく齧り付いてみた。
「どう?」
「――旨い!」
 ほのかな塩気と、噛んだ瞬間に歯から口いっぱい、そして鼻へと抜けていく風味が何とも言えず香ばしく、トカゲの淡白な白身と絶妙に合っていた。
「良かった。嬉しいよ」
 ベロンは満足そうに自分の食事に取り掛かった。
 やがて暗闇が世界を覆い尽くすと、焚き火に照らされて赤く染まった六つの顔が、ぼうっと宙に浮かび上がった。
 宿の晩はちょっとした騒ぎだったから、今晩が六人でゆっくり過ごす初めての夜のようなものだ。
 ベロンの質問の途中だったこともあり、ナギはユカの町のことを話した。
 およそ二十年前、町長のベルベルルは若くして旅に出たが、町を出て間もなくして夜営の際に獣に襲われた。
 オマエと同じだなとジャモが口を挟む。ナギは頷いて続けた。
 幸いにも、労働者たちが町へ戻る道すがらその現場に出くわし、ベルベルルを救助した。ベルベルルは一命を取り留めたが、傷は深く、もう二度と歩けない身体になってしまった。
 ベルベルルの父にあたる先代の町長は嘆き悲しみ、二度と災厄を町へ招かぬよう、部外者の立ち入りを禁ずる(入りの禁)を公布した。そして、旅を諦めざるを得ない身体になってしまった息子のベルベルルを次期町長に任命した。
 そしてベルベルルは、町の若者が自分と同じような目に遭わないようにと、二十五歳未満の若者が町を出ることを禁ずる(出の禁)を公布した。
 これで事実上、公布に少しの時間差はあったものの、町の出入り双方が禁じられる形になった。
 ベルベルルは闇を異常に恐れるようになった。家が闇に溶け込んでしまわないようにと、内装はもちろん、家の外壁をも毎日毎日、真っ白に保つことを強く望んだ。その作業を若者にさせることにした。そうすることで、自らの精神の安定と、若者の拘束とを確保した。
「ってのが僕の町の事情。僕の生まれる前のことだから、聞いた話だけどね」
 焚き火に目を落として話していたナギが顔を上げると、みな神妙な面持ちで聞いていた。
「ちなみに、二十五歳という線引きにも一応理由があるらしくて。それは、ベルベルルが町を出て襲われたのが二十二歳だったこと。それと、そもそもベルベルルが旅に出ようと思ったのが、一人の旅人との出会いがきっかけだったらしいんだけど、その旅人が、二十七歳だったらしいこと。だから、無事に一人旅をこなせるだけの強さを備えられる年齢の目安として、間を取って二十五歳で線を引いたんだとか」
 ふとナギは、目配せし合うような視線が行き交っていることに気づいた。驚くことに、サキの目にも感情が表れているように感じられた。
 その感情の伴った視線の先にいるのは、ゼフだった。
 ゼフは俯き気味で目を泳がせていて、しきりに頬の辺りを掻いている。心なしか、息苦しそうにしているようにも見える。
「どうしたの?」
 ナギはゼフに尋ねたつもりだったが、リッティが答えた。
「二十五歳か。僕は二十四だ、もし僕がお前の町の人間だったら、まだ町の外へは出られないってことか」
「おお、一人旅できる程の強さが伴ってないって意味じゃ、言い得てるぜ」
 ジャモが続いた。なあ? とベロンに同意を求める。
 ベロンはゼフの方をちらっと見ると、ナギに向けて言った。
「ナギ、色々大変だったんだね」
 ジャモとリッティが大きく頷く。
 ナギは何だかはぐらかされているような気がしたが、再び目の前の炎に視線を落として感慨に耽った。
「大変か、そうだね。そんな町に生まれたから、僕はベルベルルの家のペンキ塗りの仕事に就かされることになったんだ。僕の前にやってた人が二十五歳を過ぎて違う仕事に就くってことになったから、次の若者ということで、僕と、僕の友達のパウムが、ペンキ塗りに任命された。僕たちは十二歳だった」
 十二で働かされるなんて。皆が悲しい話を聞くように顔をしかめた。
 ふとナギは思い出した。ちょうど話が繋がった。
「そう、昼間、町外れでからんできた奴。ピルロって言うんだけど、あいつは、今言ったパウムの、双子の兄なんだ」
 ベロンが手の平を拳でポンと叩いた。
「あ、そういうことか。色々と知ってる風だったもんな」
「うん。あいつは家の中の仕事を任されていたんだけど、何年か前に町を抜け出したんだ。どうやったのかは知らないけどね。パウムは知っている風だったけど、教えてはくれなかった」
 思い出す内に腹が立ってきて、ナギは唇を歪める。
「あいつ、パウムには戻るって言ってたらしいけど、結局、戻ってこなかった」
「ふん、あんな落ちぶれようじゃな。コソ泥になりましたなんて帰れないだろ」
 リッティが鼻で笑う。
「あいつ、すっかり嫌な奴になってたな。僕の靴を盗んだり、僕のことを馬鹿にしたり、僕の……」
 父さんのことを馬鹿にしたり。
 父のことを思い出すに至り、ナギは胸をグッと締め付けられるような思いがした。
 リッティが口角を上げる。
「だけどあいつ、ゼフに怯えてすっかり縮こまってたんだぜ?」
「えっ」
「流石は大人の力って感じだったよ。ちょっと物足りない気もしたけど、あれだけ威勢の良かった奴が段々おとなしくなっていく様を見るのは気持ち良かったよ」
 ねえ、ゼフ?
 リッティに話を振られると、ゼフは、ああそうだなと返した。
 さっき様子がおかしく見えたのは気のせいだったのだろうか。今やゼフは落ち着きを取り戻しているように見えた。
「何があったの?」
 ナギが尋ねる。
「そう言われると、何があったってわけじゃないけど。要は、無言で睨み合っただけ?」
 リッティが自分の自慢のように首を向ける。
 ゼフは真っ直ぐにナギを見ると、うんうんと軽く頷いた。そこに自慢げな様子はない。
 凄い。あのならず者を、睨み付けるだけで萎縮させるなんて。ナギは自分の目で確かめたわけでもないそのエピソードに、すっかり魅入られていた。
「チッ、そんな楽しそうなことがあったのかよ。オレも居合わせたかったなあ」
「喧嘩なんか何の腹の足しにもならないよ。反対」
 ジャモとベロンが口々に言う。
 燃えさかる炎越しに、ゼフが胸元を摩りながら大きく深呼吸するのを見た。
 それは何てことのない仕草だったが、何故だか見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「ナギ」
 ふいに声をかけられ、ナギは思わずゼフから目をそらした。
 ゼフは、ナギを見据えている。
「彼の言うことも肝に銘じておけ。お前は甘ちゃんだと馬鹿にされたんだ。馬鹿にされたままで終わるんじゃないぞ」
 突然、何だ。ピルロの肩を持つのか? ナギは訝る。
「でも、懲らしめてくれたんだろう?」
「懲らしめたわけじゃない。それにナギ、お前の為に何かしたわけでもない。彼とお前の間には、二人にしか分からない世界があるはずだ。彼は俺たちに目もくれず、お前に突っかかっただろう?」
 何もできねえ甘ちゃんが。
 町の中にいる時と変わってねえぜ。
 ナギは思う。確かに、暴力沙汰に発展したら、ジャモがいなかったとはいえピルロたちには勝ち目はなかっただろう。にもかかわらず、ピルロは威勢よくこちらにからんできたのだ。
「相手がお前に全力でぶつかってきたなら、全力で応じるなり、かわすなり、何でもいい、お前が応じるんだ。仲間に懲らしめてもらうなんて、情けないことを考えるな」
 ゼフの隣で、いつしかサキはいつものサキに戻り、つまらなそうな顔で、膝の上に頬杖をついてそっぽを向いている。
 せっかく、不快だった気分が痛快なエピソードで払拭できそうだったのに。何故か自分の説教へと話が移ってしまい、ナギは不貞腐れた。
「さっきのお前の対応を非難しているわけじゃないからな。勘違いするな」
 その様子を悟ったように、ゼフは話題を変えた。
「まあいい、ナギ、色んな話をありがとう。それじゃ今度は、俺たちの話でもしようか」
 ゼフが言うと、三人の男たちは、何を、どこからどこまで話せばよいのやらと、ゼフの顔色を伺った。
 ゼフが頷く。まずゼフが話すようだった。
 まず話は、ゼフとサキが二人で旅をしているところから始まった。
 ナギはその前提から、少し納得がいかなかった。
 サキという、物言わぬ不思議な女。まず彼女の正体が知りたかった。ゼフと彼女との出会いを知りたかった。
 しかし肝心のそのくだりは触れられず、物語の導入時から、サキはサキとして、ゼフと行動を共にしているという。
 口を挟みたかったが、どうも、そこに触れることが許されないような雰囲気が漂う。ナギは仕方なく聞き役に徹することにした。
 ベロンが干し肉を噛み続けながら焚き火に薪をくべる。リッティは靴紐をほどいて一から結び直し、ジャモは上着の裾を捲り上げると、露わになった脇腹のあたりを指先で何やらつつき始めた。
 ゼフは話し始めた。
 ゼフとサキが、二人で旅をしていた。立ち寄った町の酒場で、三人と出会った。
 三人も元々仲間だったわけではなく、その酒場で出会った関係らしかった。
 酒を酌み交わしながら、互いの夢を語り合うような間柄だったらしい。
 ベロンは、世界中の食べ物を食べ尽くしたいと思っていて、リッティは、世界で一番だと思えるローブを身に纏う為、それを探し求めたいという話だった。
 その為には、世界を股にかける必要がある。
 そんな折、ゼフたちと出会い、意気投合して共に旅に出ることになったという。
「そうだったんだ。みんなやりたいことがあったんだね」
「そういうこと」
 おかげでこのざまだと、ベロンは三段腹を叩いて笑った。
 リッティは黙って靴紐を直している。
 リッティの目利きには助けられた。おかげで盗まれた靴を取り戻せたのだ。ナギはリッティを見ていると、改めて感謝の念を抱くと共に、加えて尊敬の念が生じ始めていることに気づいた。彼らは目的の為に、必要な能力を磨いているのだ。
 ふとジャモを見る。焚き火に照らされたジャモの脇腹から、血が流れていることに気づいた。
「ジャモっ」
「あ?」
「ジャモ、血が」
「ああ。はは、そうだな」
 ジャモはナギの心配をよそに、屈みながら脇腹で何やら続けている。
「自分で刺青を彫ってるんだよ」
 ベロンが代弁する。
「刺青?」
「要するに、身体に字や絵を描いてるんだよ。僕には考えられない」
 リッティはジャモをちらりと見ると首を振った。
「何だってそんな、身体に」
「世界地図だそうだ」
 ゼフが言うと、ジャモが、よし今日はここまでと言って上体を起こした。そして脇腹の血を乱雑に手の平で拭うと、べろりと舐め上げる。
 その様は、大蛇を握り潰し、汚れた指先をしゃぶったあの晩の様相とそっくりで、ナギは思わず身震いした。
「オレの話は出なかったようだが……」
 ジャモが言うと、これから話すところだったんだとゼフは肩をすくめる。ジャモはにやりと笑った。
「オレはな、ナギ。世界を手に入れるんだ。だが記憶は風化する。馬鹿だから道だって忘れちまう。はは。だからな、こうして身体に刻み込むんだよ。紙とペンなんかじゃあダメだ。こうして身体を彫ることで、オレの中に世界を刻むんだ」
 ナギは目を見張った。ジャモの両腕の文様はそういうことだったのか。
「いつか、この身体の白い部分が埋まったら、つまり世界を埋め尽くしたら、気ままに渡り歩くんだ。好きな時に、好きな場所で、好きなことをしてな」
 そう言って薪を数本、乱雑に投げ込んだ。
 ぶーっと豪快に息を吹きかけると、バチバチという小さく強い破裂音と共に、勢いを増した赤い炎が頭上より高く伸びて、縮んだ。まるで各々の抱くメラメラとした闘争心が、やってやるぞと拳を振り上げた瞬間のように見えた。
 好きなものを望んで何が悪いという、単純、純粋な道理が彼らを衝き動かし、世界という言葉を当たり前のように口にする。
 何と豪快な連中だろうか。ナギは、輪になって向き合っている面々それぞれの背中を見せ付けられているような気持ちになった。
 それは自身の近い将来の、かくあるべき姿のようだった。
 好きなことをしていいんだ。ナギの気持ちは高揚した。
「ひとまず、目的地は海だ」
 ゼフが言う。
「そこがターニングポイント。俺は海を越えるつもりだが」
 ゼフが三人を見やる。
「え、一緒じゃないの?」
 ナギが尋ねると、ジャモが言った。
「海を渡るか、陸路を行くか、留まるか。色々考えられるな」
「別れるかもしれないってこと?」
 リッティもベロンも頷いた。
「かも、だ。あくまでな」
 ゼフが淡々と応える。
「いつまで、どこまで、と決め合った仲ではないということだ。ナギ、お前も自由を求めて旅に出たというのなら、文字通り、自由にしていいんだぞ」
 暗くなる必要はない。ゼフはそう小さく微笑んだが、ナギは何となく、高揚していた気持ちが肩透かしを食ったような、自分だけが置き去りにされてしまったような、心許ない気持ちになった。
 町を出たばかりで、仲間になったばかりで別れのことなど考えもしなかった。
 そうか。いつか別れる時が来るのだ。
 ナギは星空を見上げた。星たちの輝きとその距離感を自分たちに見立てる。
 自分はどれだ。ゼフは、他のみんなはどれだ。
 分からなかった。ただ一つ分かったことは、それぞれは大きかろうが小さかろうが、遠かろうが近かろうが、結局は一つ一つなのだということだった。
 ナギは思いに耽りながら、虚空を見上げ続けた。
 やがてベロンの欠伸を合図に、初めての晩餐は幕を閉じることとなった。誰からともなくテントへと潜り込む。
 結局、サキとゼフのことについては、触れられないままだった。
「俺はもう少し、火の番をする」
 サキの隣で、ゼフが言った。
 サキは焚き火の前で頬杖をついたまま、暗闇の中に地平を望んでいるようだった。
 ナギは三人に続くことにした。
「分かった。おやすみ」
 テントに潜り込む。隅っこで横になると、あっという間に睡魔が襲ってきた。

 

 誰かが呼ぶ声がする。
 ナギ――
 ジャモの声だ。ジャモの、遠い声。
 おおい、ナギ――
 ナギ――
 ベロンの声もする。
 何だか、足が痛い気がする。いや、身体のあちこちが痛い。
 ぽつりと、顔に何かがかかった。ナギはハッとして目を覚ました。
 目に映ったのは、どんよりとした灰色一色。
「ナギーっ」
 遠くから、はっきりとジャモの声がした。
 寝てしまっていた? ナギは急いで上体を起こした。遠く前から、ジャモとベロンがこちらへ向かって歩いてきている。
 いつしか雨が降り出していた。
「ナギ! 何やってんだよ」
 ジャモの声。
 大の字で寝そべったまま、この数日を思い返していたらうたた寝してしまったらしい。
 まだ少し混乱していたが、ボーっとする頭を強く振って立ち上がった。
 目を落とすと、左右正しく靴を履いている足元が目に写った。
「ナギ、ほら行くぞ」
 ナギが起きたことに気づくと、ジャモとベロンはそこで足を止めた。
「あれ、越えるぞ」
 ジャモは前方を指差した。
 ナギは目を細めた。それは数日前から、否が応にも目に映っていた。やはりというべきか、そこへ向かうらしい。
 眼前には、まるで世界を二分するかのような、とてつもなく高い山脈が聳えていた。
「壁だな」
 ナギは呆れたように言うと、つま先をとんとんと蹴って、ゆっくり歩き出した。

(つづく)

 

 

 


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