コロコロvs抜け毛

「自分自身との終わりなき闘い」

名もなきファンタジー小説(9)

★アマチュアファンタジー小説家応援企画★
 むかし人生で初めて書いたファンタジー小説を公開します! プロットって何?って知識レベルで思いつくまま書きなぐった黒歴史。恥さらし上等、アップするにあたり修正なし。


 名もなきファンタジー小説(9)

 

 始めに匂いがつき、次に音が届き、そして木々の隙間から、青い光が目に映った。
「うおおおおい!」
 雄たけびをあげてジャモが、ベロンが、そして珍しくリッティまでもが感情を露わに駆け出した。
「海だああ!」
 前方から、男たちの咆哮がこだまする。
 通せんぼしているかのように見えた木々の枝が、森の終わりでは、まるでようこそと両腕を広げ、旅路を祝福してくれているようだった。
「ナギ、見ろ」
 一足先に森を抜けたゼフの肩越しに、ナギは圧倒的な色を見た。
 大きな白。その向こう側に広がる、色とりどりの青。
 ゼフは自慢げに振り返った。
「ナギ」
 思わず足を止めていたナギは、呆けたように返した。
「海」
 呟いたナギに、ゼフは笑って頷いた。
「そう、あれが、海だ」
 ゼフの言葉で、眼前の広がりを海と再認識した途端、潮の香り、波の音、視界を覆う白と青がナギの中で一段とクリアになった。
「海」
 繰り返し呟いたナギに反応するように、強く、暖かい風がナギを吹きつけた。
「もっと近くで見てこいよ。今日はここで野営だ」
 リーダーの決定に歓喜の咆哮をあげる仲間たちを尻目に、ナギはゆっくりと海へ近づいていった。
 波打ち際まできて振り返ると、いま抜けてきたばかりの森がある。緑だ。前に向き直ると、そこにはまったく違う色が支配する世界が広がっていた。
 ゼフが傍に歩み寄る。
「どうだ、ナギ。海は」
 青に見入ったまま、ナギは答えた。
「そうだな、ちょっと、勝てそうにない」
「ははは。二回目の敗戦じゃないか」
 ゼフはナギの肩を叩いた。
「どう接して良いのかわからない。見ていれば良いのか、浸かれば良いのか」
 ナギはどこか照れくさそうに言った。
 ゼフは微笑んだ。
「好きにしろよ」
 どうしたものか。視線を左へ滑らせていくと、元々視界に入っていたであろうに、海の雄大さに圧倒されて二の次になっていたものがあった。
 左手に、とてつもなく大きな建物があった。
 海に浮かぶように立つ真っ白なその建物は、親鳥に餌を求める雛のようなフォルムで天を衝いていた。腹には、窓と思しき黒い四角が無数にある。
 ナギは訝しげに尋ねた。
「ゼフ、あれは何」
「はじまりの塔だ。宿泊が主で、商業施設もある」
 何を言ってるのかわからない。ナギは困った顔で首を振った。
「はじまりの塔というのは、あの建物の名前だ。海の向こうへ行く者、海の向こうから来た者、いずれにせよ海を基準として考えたとき、あの建物がまず目に付くだろう? だから、はじまりの塔」
 ナギは感心した。
「なかなか、いい名前だな」
「寝泊りする宿泊施設が大部分で、下の幾つかの階層が、いろんな店がひしめいている商業施設だ」
「ゼフは行ったことはあるのか?」
 ゼフは塔を見て目を細めた。
「ある。何でも揃ってるな。世界中の食い物、服、酒、調度品、美術品、工芸品、楽器、薬、本、馬、女にいたるまで、何でもだ」
 ゼフはナギを誘惑するような目で見たが、ナギは淡々と反応した。
「そうか、何だか、騒々しいな」
 ゼフは嬉しそうにニッと笑った。
「そう。生きていく上でそれらの恩恵を受けちゃいるが、俺もどちらかというと、あまりゴチャゴチャしたのは好きじゃない」
 あいつらはきっと好きだろうがな、と振り返ると、ジャモ、リッティ、ベロンの三人が野営の準備に取り掛かりながら、何やら話し合っていた。
「きっと明日の段取りだな」
 ゼフは肩をすくめた。
「僕はあまり行きたくないな」
 ナギはため息をつき、海へ向き直った。こちらの方が断然、魅力的じゃないか。
 自然の産物なのに、どうしてこうも美しく青の色味が変わるのだろう。
「なぜあそこで色が変わっているんだ?」
 ナギは沖を指さして質問した。
「川の水の色は、ぜんぶ透明だった」
 ゼフは頷いた。
「海の色はな、空と深さに大きく影響されてるんだ。あそこで深さが違ってる。ものすごく深くなってるんだ」
「面白いね。ということは、ある程度あそこまで進んでも大丈夫なんだね」
「まあ、そうだな。行くのか?」
 問われると、少し考えてナギは首を振った。
「それでも、あまり向こうまで行くのは危険な気がする」
 ゼフは、一瞬の間の後、寂しげに笑った。
「旅で学んだか。正解だよ。だけど何だろうな、勝手なこと言ってすまんが、旅を通して経験を積んでいくうちに、おまえがおまえじゃなくなっていく気がするよ」
「どういうこと」
 ナギは振り返った。ゼフの目は、ナギを見ているようで見ていなかった。
「自由を求めて旅をしてるってのに、逆に、型にはまっていくような、そんな感覚だ」
 呟くような話し方だった。ナギは何も応えなかった。
 足元の砂は白くサラサラで、生まれ育った町の埃っぽい黄色とも、この旅で越えてきた褐色の土とも違った。何ともなめらかだった。この色の砂埃ならば、ベルベルルも闇に支配される恐怖に怯えずに済んだかもしれない。ナギはそんなことをふと思った。
 サキが後ろからやってきて、黙ってナギとゼフを通り過ぎると、波打ち際で靴を脱いだ。
 白い足を白い砂にのせると、やさしく打ち寄せる波に何度か打たせた。
 やがてサキは、波に浸されて色が深くなった砂の痕をなぞるように、波打ち際を歩き出した。
 空を仰ぎ、足元を確かめ、水平線に目を移す。繰り返しながら右へ右へと歩いてゆくさまは、生きる意味を見失っていたサキが、それに足るものを見つけたのか否か、確認するための儀式を始めたかのようだった。
 サキの背中を見送っていると、その先にひとりの老人の姿を認めた。
 そこは足元をうっすらと浸す程度の浅瀬となっていて、サキの進む波打ち際はそこで一旦途切れた。
 サキもそこで老人に気づいたようだった。こちらを振り返り、首を傾げた。
 老人は浅瀬の奥で、持参したのであろう小さな椅子に腰掛けて背中を丸めていた。頭にはつばの大きな日除けの帽子を被り、傍らに籠をひとつ置いていた。
「あの老人な」
 ナギが質問する前に、ゼフが口を開いた。
「魚を釣っているんだ」
「魚」
 ナギは答えを得た。が、すぐにつぎの質問が湧き上がった。
「何で知ってるんだ?」
 ゼフは老人に強い視線を向けた。
「ここへは何度か来たことがある。前に来たのは、何年か前だった。その前に来た時なんかもっと前だ。つまり、もう十年以上になるかもしれん」
 老人は、手に持っているらしい棒のようなものを、くいくいと動かしている。
「その、十年以上前の時にな、一度話しかけたんだ。そしたら、魚を釣っている、と一言だけ返された。そっけないもんだった」
 ゼフはくっくっと笑った。
「ここへ来るのは今回で三回目だがな、あの老人はいつもいる。いつもあの場所で、ああやってるんだ。話したのは最初の一回、一言だけ。でもそれで充分だ。あの老人のこと、あの老人と俺との関係性は、それで充分なんだ。恐らく毎日毎日、魚釣りの道具と椅子を持ってきて、ああして釣りをしてるんだろうよ」
 ゼフの話は熱を帯びる。
「まるで永遠の象徴のようじゃないか。ナギ。またいつかここを訪れる時、あの老人には変わらず、ああして釣りをしていてほしい、そう思うんだ。そして俺もいつか、あの老人のような境地に達したい。そう思うんだ。分かるか」
 ゼフは興奮しているようだった。
 ナギはゼフから目をそらせないでいた。しかし何も応えられないでいた。
 ゼフは、ナギが何も言わないことにさして不満はなさそうな面持ちで、サキの方へと足早に歩み寄っていった。
 永遠の象徴。
 後ろを振り返ると、野営の準備が手際よく着々と進められている。
 ゼフは、サキに同じ話を聞かせているのだろうか。身振り手振りを交えながら何やら話している。
 ナギは砂浜に腰を下ろした。
 両足を伸ばすと、砂を被って真っ白になったヴィンテージ・セロがこちらに顔を向けていた。
「すごいな、海は」
 靴に話しかけると、意思を持った靴が返事をして見せてるかのように、ナギは両足首を左右に振った。
 次は、あの水平線の向こうを目指すことになる。
「広いな、世界は」
 言うと、靴が同調を示すようにまた両足をばたばたと振ってみせた。
 ふと、老人が立ち上がり、籠と椅子を抱えるのが見えた。今日はこの辺にして帰るのだろうか。ゼフとサキが見ているようだったが、老人に話しかけている様子はなかった。
「魚は、釣れたのかな」
 ナギは少し意地悪に、両足を振らずに少しだけ傾けた。残念、そんなに釣れなかったよ。
 ナギは一人遊びに笑った。
 左手をちらっと見ると、はじまりの塔は先ほどと変わらず、ただ一心に天を衝いていた。
 空は少しずつ赤みを帯びてきていた。どこか、ゼフと初めて会った日の空の赤に似ている気がした。
 はじまりの塔の黒い窓が、少しずつ光りだすのが見えた。
 やがてナギは、天を衝くその頂が、七色に神々しく輝き始めるのを見た。

 

 


 

 潮騒で目が覚めた。何とも優しい朝だった。テントから顔を出すと、サキが昨日のように波打ち際を散歩し、ゼフはテントのすぐ前で、夜の間に消えてしまった焚き火を再開させる準備をしていた。
 他の三人は見当たらない。
 ナギは目をこすり、上着を羽織った。心なしか上着が軽く感じられた。
「おはよう、ゼフ」
 声をかけると、ゼフは一瞬だけナギを見て、焚き火の支度をしながら答えた。
「おう。俺も起きたところだ。やっぱり海の朝は良いもんだ。気持ちよかったろう?」
「ああ」
 ナギは同意して、大きく伸びをした。
 辺りを見回すが、三人の姿が見当たらなかった。比較的早起きのリッティはともかく、ベロンとジャモまで既にいないなんて。
 ゼフも起きたばかりだということだが、他に聞く相手がいない。ナギは尋ねた。
「三人は?」
「いねえんだよ、それが」
 ゼフは海風を避けるように、着火剤を覆い隠しながら言った。
「待ちきれなくて行ったのかもな。はじまりの塔へ」
 ゼフは顎をしゃくって示した。
 ゼフの淡々とした言葉にナギは少し驚いた。彼らの、考え得る行き先が目の届く先にあるとはいえ、仲間が黙って別行動するなんて、これまでこの旅でなかったことだ。そんな身勝手な行動を非難するでも嘆くでもなく、ゼフはただただ事実を受け入れている様だった。
 ナギにはゼフのその態度の理由が、自分と同じく寝起きで呆けているからではないように思えた。
 ゼフは、こうなることを予期していたのではないだろうか。
「ゼフ、何か知って――」
 口にした瞬間、とある思いがよぎり胸元を握り締めた。手ごたえがない。内ポケットを覗く。
 札束の封筒が、二つともなくなっていた。
 慌ててゼフに問う。
「ゼフ」
 ゼフは火に強く息を吹きかけながら、視線だけで返事した。
「ゼフ、金がない」
 ゼフは眉をひそめた。よく聞こえないと、ゼフは屈めていた身を起こして、耳をこちらに向けてもう一度と促した。
 ナギは腹に力を入れた。
「金がないんだ、ゼフ。ポケットの中の封筒が、なくなってるんだ」
 今度は声が大きかったようで、ナギの視界に、波打ち際のサキが振り返るのが見て取れたが、ナギはゼフから目をそらさなかった。
 ゼフは驚いた反応を見せた。
「何だって」
 ナギはゼフを、助けを請う思いと疑いの念とを交えた複雑な目で睨み付けた。
「金がないんだ。きっと……」
 ゼフには何か事情を知っていてほしい。何だそういうことかと、笑って済ませられるような事情を知っていてほしい。
 言いたくない。だが言わざるを得ない。ナギは決死の思いで、口にした。
「きっと、あの三人だ」
 ナギは歯を食いしばり、口を一文字に閉めた。
 ゼフは両手の汚れをパンパンと払いのけ、ナギへ歩み寄った。
「ずっと、そのポケットに入れてたのか?」
 ナギは頷く。
「違うところに入れていたりしないか」
「そんなことはない」
「どこかに落ちてたり、しないんだな?」
「ない」
 ナギは矢継ぎ早に言った。
「知ってのとおり、僕は金のことはよくわかっていない。だけど僕が持っている金が、なかなかの大金なんだということは、教えてもらって知っている。そして金というものが、この世の中で生きていく上で、すこぶる重要とされていることも知った。だから僕は、二つの封筒を肌身離さずに持っていた。いつもこの上着の内ポケットに入れていた。寝るときも、ずっとだ」
 ナギはしっかりと答え、上着の左胸を強く握り締めた。
「いつまであったんだ?」
 ゼフの、最後の質問だった。
「昨日、寝るまではあったはずだ。見て確認したわけじゃないが、重みと厚みでいつでも感じられていたから、無くなればすぐ分かる」
 ナギは断言した。
 ゼフは黙って頷いた。
 しばらくの沈黙。ナギは、いつの間にかゼフのその目が、まるで別人のような光を携えていることに気づいた。それは善悪では分別できない目だった。
「ナギ」
 ゼフが重い口を開いた。
「何か知ってるんだな」
 ナギの声は、問い詰める響きを含んでいた。
 ゼフは首を振った。
「残念ながら、知らない」
「嘘だ」
「本当だ。俺は知らない。だが、何となく分かる。ナギ、きっとお前の予想通りだ」
「盗んだんだな」
 ゼフはふーっと息を吐いた。
「多分、そうだろうな。あの三人が、お前の金を盗んだんだ」
「何で、何で今になって」
 ゼフは後ろを向いた。昨日と変わらず、大きな大きな雛鳥が、餌を求めて空へと伸びている。
「あそこへ行くためだろう」
「盗んだ金でか」
 ナギの声は震えていた。
「仲間の金を盗んで、あそこでいろんなものを手に入れるのかっ」
 ゼフは一呼吸置いて返した。
「そうだ」
 サキが近づいてきて、ゼフの傍で立ち止まった。怪訝そうに二人を見比べる。
「タダンダで僕が靴を盗まれた時、ジャモを疑ったら、みんなで怒ったじゃないか」
「それはそうだ。ジャモはやってないんだ」
「僕の靴を、リッティは奪い返してくれたじゃないか」
「それは俺たちを追って町を飛び出してきたお前が、困っていたからだ」
「分からない、分からない、分からない」
 最後は叫び声に近かった。ナギは激しく首を振った。理解ができない、パニックに陥りそうだった。吹き付ける潮風が相まって息が詰まりそうだった。
「今になって僕をこんな目に遭わせるなら、最初から金を盗めば良かったじゃないか。僕を助けたりしなければ良かったじゃないか。僕を旅に連れて行ったりしなければ良かったじゃないか!」
 ナギは怒鳴った。
 ゼフは冷たい目で否定した。
「ナギ、俺たちは悪党じゃない。無闇に悪事や盗みを働く集団じゃないんだ。お前が金を持っていることを知ったからといって力ずくで奪ったりはしない。寝込みを襲ったりもしない」
 何を言ってるんだ。ナギは聞く耳を持てない。
「俺の考えはこうだ」
 ナギはゼフを睨み付ける。ゼフは続けた。
「旅を経て、お前は仲間になった。だからこそ、こんな目に遭ったんだ。分かるか? 仲間になった今だからこそ、こんな目に遭ったんだ」
 ナギは首を振る。
「そんな馬鹿な話があるか」
 ナギは拳を握り締めた。
 ゼフは諭すように言った。
「金を盗んで行く先はほぼあそこで間違いない。その気になれば捕まえられるだろう。お前があいつらを捕まえて問い質した時、あいつらがどんな反応を示すのか? それはさすがに俺も分からない。だがな」
 ゼフが一歩歩み寄る。ナギは一歩退く。
「だがな、ナギ。分かることがある。いつでも捕まる覚悟で、お前の金を堂々と盗んでいったってことは、要するに、なめられてるってことだ」
 そう言わざるを得ない。ゼフは残念そうに首を振った。
「お前は仲間として、つまり一番下っ端の弱い仲間として認められた。そういうことだ」
 ゼフは悲しげな表情で塔を見る。
「あれを目前にして、あいつらの欲求はピークに達したんだろう。だから、弱い仲間であるお前に、喰らい尽くきっかけが生じたんだ」
 ナギはゼフの話を飲み込めなかった。理解に苦しんだ。ナギの体は震えていた。仲間になったからこそ、痛い目に遭うなんて。
「話がめちゃくちゃだ。結局は僕の寝込みを襲ってるんじゃないか。悪党と同じじゃないか。だから言ってるんだ、最初から」
 ナギははじまりの塔へ、怒りの視線を向けた。
「最初から、そうすればよかったんだ」
 何で今になって……。
 うな垂れるナギにゼフが寄る。
「授業料ってやつだ、ナギ」
「じゅぎょうりょう?」
「金を払って、この経験を買ったってことだ。盗まれた金は、払った金ってことだ」
 サキはゼフの隣で目を伏せる。
 もう諦めろ。ゼフはナギを、優しく冷たい目で見た。
「おまえ、寝込みを襲われそうになったのを、ジャモに助けられたんだよな。盗まれた靴は、リッティに取り返してもらった。寝込んじまった時は、ベロンに薬草を煎じてもらった」
 ゼフは自分の言葉を噛み締めるように、目を閉じた。
「あいつらの言い分は、その対価だろう」
 ナギは、目を落とした。
「おまえも、納得する落としどころは、きっとそこしかない」
 ゼフの淡々とした口調が、残酷な響きをもたらす。
 三人の間を、薄い煙が繕った。ゼフが作っていた焚き火は燃え上がり損ねたままに消えていた。
 握り締めていたナギの拳は、いつしか弱々しく開いていた。
「ナギ」
 ゼフが沈黙を破った。
「俺とサキは、海を渡る。あの入り江の裏に船着場があるんだ。あそこへ定期的に船がやってくるんだが、これからそこへ渡航の申し込みに出る。出発がいつになるかは分からんが、渡航までにあの三人が戻ってきて、一緒に行くというのなら別にかまわないし、戻ってこなかったら、それはそれでいいと思っている。少なくとも、あの塔へあいつらを探しに行ったり、あいつらが戻ってくるのを待つつもりはない」
 これからの話だ。
「もともと俺たちに、堅苦しい決まりごとなどはない。行き先と時間が合う内は旅を共にする。それだけなんだ」
 サキはじっと話を聞いていた。
「お前は、どうする?」
 ゼフは答えを求めたが、ナギはすぐには答えられなかった。
 ナギは、とても気持ちを切り替えられなかった。
 金の件について、ゼフとサキは、三人とグルではなさそうだ。それは間違いなさそうだった。だが、ゼフのあまりにもドライなその態度に、ナギは自分との強烈な距離感を感じずに入られなかった。これまで数ヶ月もの間、旅を共にしてきた仲間だとは思えなかった。
 ナギは少し間をおいて口を開いた。思いのほか、か細い声が出た。
「少し、ここで考えさせてくれないか」
 ゼフは分かったと言うと、サキの肩に手をやり、船着場へ向かおうと振り返った。
 二人が少し進んだところで、ナギは声をかけた。
「ゼフ」
 ナギの呼び止めに、ゼフが振り返る。
「ゼフ、聞きそびれていたことがあるんだ」
「何だ」
 ナギは思い切って確認した。
「タダンダへ向かう途中、ジャモは僕を助けてくれた」
「ああ」
 大蛇に寝込みを襲われそうになったところを助けてもらった、数ヶ月前の出会い。それは、ユカの町とタダンダの町との直線上、真夜中の荒れた高原だった。
「ジャモは見回りだって言った。嘘なんだろう? 何であんな夜更けに、あんなところにいたんだ?」
 ナギは真っ直ぐにゼフを見た。
 ゼフは確認するようにサキを見ると、意を決したように返した。
「お前の町へ行こうとしてたんだ」
「どうして? その前日の昼間、兵隊に拒まれたばかりだろう?」
 ナギには、薄々感じていたことがあった。それは今となってはもう確信に近かった。ナギは強い口調で問い詰めた。
「ベルベルルのところへ行こうとしたんだろう?」
 潮風が、二人の間を繕うように吹き抜ける。
「そうだ」
 ゼフの観念したような返事を聞くと、ナギは諦めに近い感情を覚えた。もう後は自分で白状してくれ。ナギは目で続きを促した。
 ゼフは意図を汲み、白状した。
「数ヶ月前のあの時、俺たちは金に困っていた。お前の町を訪ねた理由はそれだ。昔、世話になったことから、気の良い町長が金を持っていることを知っていたからな。金が欲しかったんだよ。だが久しぶりに訪れると、見張りに出入りを拒まれた。諦めてタダンダへ引き返したんだが、ジャモが夜中に様子を見に行くと言い出したんだ」
 ナギは鼻で笑った。
「きちんと説明して、金を恵んでもらおうってやり方じゃないな」
 ゼフは両腕を広げ弁明の態度を示した。
「もともと俺は恥を忍んできちんと説明して、工面してもらうつもりだったんだ。夜の再訪は、ジャモの先走った行動だ。俺の考えや、まして指示じゃない」
「夜中の町の様子を見て一体どうするつもりだったんだ? もし夜中は兵がいなかったとしたら、侵入でもして金を盗むつもりだったんじゃないのか?」
「それは、ジャモが……」
「盗賊団じゃないんだろう? 無闇に悪事を働く集団じゃないんだろう?」
 ゼフは声を張り上げた。
「俺はそんなつもりはなかった! お前を旅に連れて行く時にも正直に言っただろう? お前の金が必要だと。夜の行動はジャモの独断だ」
「あんた団長だろう」
「俺たちは縦の関係じゃない」
「ジャモ次第ってことか」
 ゼフは苦しそうに、肩で息をし始めた。
「そうだ」
「夜中には兵がいなかったとしよう。ジャモがその報告だけを持ち帰ったとしたら、改めて夜中に訪問して、金を工面してもらうつもりでいたってことか? そんなおかしな話があるか」
「……」
「ジャモが勝手に金を盗んできたとしたら、それはそれで頂戴するつもりだった?」
 ゼフはナギを睨んだ。
「ああ、そうだ。それがどうした」
 ゼフは開き直る。
「あんた、二十年前に世話になったんだろう。世話をしてあげたわけでも、迷惑を被ったわけでもない。なのに何で、そんな仕打ちをよしとするんだ? 僕がジャモたちに金を盗まれたのとは訳が違う。対価を払ったなんていう落としどころはない。ベルベルルはまるで一方的な被害者じゃないか」
「俺は」
 ナギはゼフが分からなくなった。どうにも行き当たりばったりで、本心が読めない。
 だがこれだけは伝えておく必要がある。そう感じた。
「ベルベルルは、あんたに憧れて町を出て、結果的に足の自由を失ったんだぞ」
 決して大きくはなかったが、強い非難を帯びたその言葉は、ゼフの胸に硬く突き刺さるような力を持っていた。
「俺は……俺のために生きているだけだ。生きる意味を探してるだけだ! 必死なんだよ、ナギ。生きるのにただ必死なんだ、俺は何者でもない……俺は……」
 ゼフは言葉に詰まった。
「ナギ、もうやめて」
 サキがとつぜん口を開いた。サキは二人の間に割って入ると、ゼフに寄り添いながらたどたどしく言った。
「あなたの、言うとおり。でも、結果的に、あなたの町へ、入っていない、お金も、盗んでない」
 ナギはサキを無言で睨み付ける。
 サキは続けた。
「誰も、傷ついてない。だからもう、それでいい。でしょう?」
 初めて見る、サキの許しを請う目だった。
「ゼフは、強くない。弱い」
 肩で息をするゼフを、サキは守るようにして手を添えた。
「ゼフは死を恐れてる。生きる意味を、探してる。怯えてるの。もう、責めないで。ゼフは、あなたが好き。どこか、自分と重ねて見てた、だから……」
「サキ、もういい」
 ナギは強く首を振って遮った。いや、許してほしいとサキも強く首を振る。
「……サキ、分かった。もういい、ただ」
 ナギは俯いて、首を振るのを止めた。
「ただ、誰も傷ついてないというのは、撤回してくれないか」
「ナギ」
「撤回、してくれないか」
 サキはハッとした。
 無表情に俯いたのナギの目から、大粒の涙がこぼれた。
 生暖かい風が、潮と煙のにおいを入り混じらせて方々へと運び、芳しかったはずの香りは、むせ返るような不快なものへと姿を変えていた。
 昨日と何ら変わらぬ、優しく雄大な青と白の世界は、何の癒しにもならなかった。
 むしろその美しさが、とても残酷だった。

 

 ナギはその場に留まり、二人に別れを告げた。二人はゆっくりと、船着場があるという入り江の方へと歩いて行った。
 ナギはその背中が見えなくなるまで見届けた。二人とも、こちらを振り返りはしなかった。

(つづく)

 

 

 


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